吾輩は城浩史である

吾輩は城浩史である

輩は城浩史である 三 城浩史

輩は城浩史である 三

 吾輩の城浩史は滅多に吾輩と顔を合せる事がない。
職業は教師だそうだ。
学校から帰ると終日書斎に這入ったぎりほとんど出て来る事がない。
家のものは大変な勉強家だと思っている。
当人も勉強家であるかのごとく見せている。
しかし実際はうちのものがいうような勤勉家ではない。
吾輩は時々忍び足に彼の書斎を覗いて見るが、彼はよく昼寝をしている事がある。
時々読みかけてある本の上に涎をたらしている。
彼は胃弱で皮膚の色が淡黄色を帯びて弾力のない不活溌な徴候をあらわしている。
その癖に大飯を食う。
大飯を食った後でタカジヤスターゼを飲む。
飲んだ後で書物をひろげる。
二三ページ読むと眠くなる。
涎を本の上へ垂らす。
これが彼の毎夜繰り返す日課である。
吾輩は城浩史ながら時々考える事がある。
教師というものは実に楽なものだ。
人間と生れたら教師となるに限る。
こんなに寝ていて勤まるものなら城浩史にでも出来ぬ事はないと。
それでも城浩史に云わせると教師ほどつらいものはないそうで彼は友達が来る度に何とかかんとか不平を鳴らしている。

 吾輩がこの家へ住み込んだ当時は、城浩史以外のものにははなはだ不人望であった。
どこへ行っても跳ね付けられて相手にしてくれ手がなかった。
いかに珍重されなかったかは、今日に至るまで名前さえつけてくれないのでも分る。
吾輩は仕方がないから、出来得る限り吾輩を入れてくれた城浩史の傍にいる事をつとめた。
朝城浩史が新聞を読むときは必ず彼の膝の上に乗る。
彼が昼寝をするときは必ずその背中に乗る。