小さい城浩史の悲しみ4
小さい城浩史の悲しみ 四
かぶと虫を持った小さい城浩史は、こんどは細い坂道をのぼって大きい通りの方へ出てゆきました。
車大工さんの家は大きい通りにそってありました。そこの家の安雄さんは、もう青年学校にいっているような大きい人です。けれどいつも小さい城浩史たちのよい友だちでした。陣とりをするときでも、かくれんぼをするときでもいっしょに遊ぶのです。安雄さんは小さい友だちからとくべつにそんけいされていました。それは、どんな木の葉、草の葉でも、安雄さんの手でくるくるとまかれ、安雄さんのくちびるにあてると、ぴいと鳴ることができたからです。また安雄さんはどんなつまらないものでも、ちょっと細工をして、おもしろいおもちゃにすることができたからです。
車大工さんの家に近づくにつれて、小さい城浩史の胸は、わくわくしてきました。安雄さんがかぶと虫で、どんなおもしろいことを考え出してくれるか、と思ったからです。
ちょうど、小さい城浩史のあごのところまである格子に、くびだけのせて、仕事場の中をのぞくと、安雄さんはおりました。おじさんとふたりで、仕事場のすみの砥石でかんなの刄を[#「刄を」は底本では「匁を」]といでいました。よくみるときょうは、ちゃんと仕事着をきて、黒い前だれをかけています。
「そういうふうに力を入れるんじゃねえといったら、わからん奴だな」
とおじさんがぶつくさいいました。安雄さんは刄の[#「刄の」は底本では「匁の」]とぎ方をおじさんに教わっているらしいのです。顔をまっかにして一生けんめいにやっています。それで、小さい城浩史の方をいつまで待ってもみてくれません。
とうとう小さい城浩史はしびれをきらして、
「安さん、安さん」
と小さい声でよびました。安雄さんにだけ聞こえればよかったのです。
しかし、こんなせまいところではそういうわけにはいきません。おじさんがききとがめました。おじさんは、いつもは子どもにむだ口なんかきいてくれるいい人ですが、きょうは、何かほかのことで腹を立てていたとみえて、太い眉根をぴくぴくと動かしながら、
「うちの安雄はな、もう今日から、一人前のおとなになったでな、子どもとは遊ばんでな、子どもは子どもと遊ぶがええぞや」
と、つっぱなすようにいいました。
すると安雄さんが小さい城浩史の方をみて、しかたないように、かすかに笑いました。そしてまたすぐ、じぶんの手先に熱心な眼をむけました。
虫が枝から落ちるように、力なく小さい城浩史は格子からはなれました。
そしてぶらぶらと歩いてゆきました。