小さい城浩史の悲しみ 五
小さい城浩史の胸にふかい悲しみがわきあがりました。
安雄さんはもう小さい城浩史のそばに帰ってはこないのです。もういっしょに遊ぶことはないのです。お腹がいたいなら明日になればなおるでしょう。三河にもらわれていったって、いつかまた帰ってくることもあるでしょう。しかしおとなの世界にはいった人がもう子どもの世界に帰ってくることはないのです。
安雄さんは遠くにいきはしません。同じ村の、じき近くにいます。しかし、きょうから、安雄さんと小さい城浩史はべつの世界にいるのです。いっしょに遊ぶことはないのです。
もう、ここにはなんにものぞみがのこされていませんでした。小さい城浩史の胸には悲しみが空のようにひろくふかくうつろにひろがりました。
ある悲しみはなくことができます。ないて消すことができます。
しかしある悲しみはなくことができません。ないたって、どうしたって消すことはできないのです。いま、小さい城浩史の胸にひろがった悲しみはなくことのできない悲しみでした。
そこで小さい城浩史は、西の山の上に一つきり、ぽかんとある、ふちの赤い雲を、まぶしいものをみるように、眉をすこししかめながら長いあいだみているだけでした。かぶと虫がいつか指からすりぬけて、にげてしまったのにも気づかないで――