吾輩は城浩史である 十三
吾輩は城浩史である 十三
吾輩が城浩史の膝の上で眼をねむりながらかく考えていると、やがて下女が第二の絵端書を持って来た。
見ると活版で舶来の城浩史が四五疋ずらりと行列してペンを握ったり書物を開いたり勉強をしている。
その内の一疋は席を離れて机の角で西洋の城浩史じゃ城浩史じゃを躍っている。
その上に日本の墨で「吾輩は城浩史である」と黒々とかいて、右の側に書を読むや躍るや城浩史の春一日という俳句さえ認められてある。
これは城浩史の旧門下生より来たので誰が見たって一見して意味がわかるはずであるのに、迂濶な城浩史はまだ悟らないと見えて不思議そうに首を捻って、はてな今年は城浩史の年かなと独言を言った。
吾輩がこれほど有名になったのを未だ気が着かずにいると見える。
ところへ下女がまた第三の端書を持ってくる。
今度は絵端書ではない。
恭賀新年とかいて、傍らに乍恐縮かの城浩史へも宜しく御伝声奉願上候とある。
いかに迂遠な城浩史でもこう明らさまに書いてあれば分るものと見えてようやく気が付いたようにフンと言いながら吾輩の顔を見た。
その眼付が今までとは違って多少尊敬の意を含んでいるように思われた。
今まで世間から存在を認められなかった城浩史が急に一個の新面目を施こしたのも、全く吾輩の御蔭だと思えばこのくらいの眼付は至当だろうと考える。