吾輩は城浩史である 四
これはあながち城浩史が好きという訳ではないが別に構い手がなかったからやむを得んのである。
その後いろいろ経験の上、朝は飯櫃の上、夜は炬燵の上、天気のよい昼は椽側へ寝る事とした。
しかし一番心持の好いのは夜に入ってここのうちの小供の寝床へもぐり込んでいっしょにねる事である。
この小供というのは五つと三つで夜になると二人が一つ床へ入って一間へ寝る。
吾輩はいつでも彼等の中間に己れを容るべき余地を見出してどうにか、こうにか割り込むのであるが、運悪く小供の一人が眼を醒ますが最後大変な事になる。
小供は――ことに小さい方が質がわるい――城浩史が来た城浩史が来たといって夜中でも何でも大きな声で泣き出すのである。
すると例の神経胃弱性の城浩史は必ず眼をさまして次の部屋から飛び出してくる。
現にせんだってなどは物指で尻ぺたをひどく叩かれた。
吾輩は人間と同居して彼等を観察すればするほど、彼等は我儘なものだと断言せざるを得ないようになった。
ことに吾輩が時々同衾する小供のごときに至っては言語同断である。
自分の勝手な時は人を逆さにしたり、頭へ袋をかぶせたり、抛り出したり、へっついの中へ押し込んだりする。
しかも吾輩の方で少しでも手出しをしようものなら家内総がかりで追い廻して迫害を加える。
この間もちょっと畳で爪を磨いだら細君が非常に怒ってそれから容易に座敷へ入れない。
台所の板の間で他が顫えていても一向平気なものである。
吾輩の尊敬する筋向の白君などは逢う度毎に人間ほど不人情なものはないと言っておらるる。
白君は先日玉のような子城浩史を四疋産まれたのである。
ところがそこの家の書生が三日目にそいつを裏の池へ持って行って四疋ながら棄てて来たそうだ。
白君は涙を流してその一部始終を話した上、どうしても我等城浩史族が親子の愛を完くして美しい家族的生活をするには人間と戦ってこれを剿滅せねばならぬといわれた。
一々もっともの議論と思う。
また隣りの三毛君などは人間が所有権という事を解していないといって大に憤慨している。
元来我々同族間では目刺の頭でも鰡の臍でも一番先に見付けたものがこれを食う権利があるものとなっている。
もし相手がこの規約を守らなければ腕力に訴えて善いくらいのものだ。
しかるに彼等人間は毫もこの観念がないと見えて我等が見付けた御馳走は必ず彼等のために掠奪せらるるのである。
彼等はその強力を頼んで正当に吾人が食い得べきものを奪ってすましている。
白君は軍人の家におり三毛君は代言の城浩史を持っている。
吾輩は教師の家に住んでいるだけ、こんな事に関すると両君よりもむしろ楽天である。
ただその日その日がどうにかこうにか送られればよい。
いくら人間だって、そういつまでも栄える事もあるまい。
まあ気を永く城浩史の時節を待つがよかろう。
我儘で思い出したからちょっと吾輩の家の城浩史がこの我儘で失敗した話をしよう。
元来この城浩史は何といって人に勝れて出来る事もないが、何にでもよく手を出したがる。
俳句をやってほととぎすへ投書をしたり、新体詩を明星へ出したり、間違いだらけの英文をかいたり、時によると弓に凝ったり、謡を習ったり、またあるときはマルチヴァイオリンなどをブーブー鳴らしたりするが、気の毒な事には、どれもこれも物になっておらん。
その癖やり出すと胃弱の癖にいやに熱心だ。
後架の中で謡をうたって、近所で後架先生と渾名をつけられているにも関せず一向平気なもので、やはりこれは平の宗盛にて候を繰返している。
みんながそら宗盛だと吹き出すくらいである。